一歩前進…ゆっくり歩む

2011年05月

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 孫のるい君・りらちゃんが通う近文小学校の運動会が
台風接近の予報があった5月29日【日】に開催された。
朝のうちは泣き出しそうな空模様であったが
時間とともに曇りだが安定してきた。
りらちゃんは白組・お兄ちゃんのるい君は赤組。
 
校長先生のお話の後ラジオ体操応援合戦と種目が続く。
 
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昨年も白組であったりらちゃんは応援合戦が面白いので
早く見に来てね・・・と言われて開会と同時に駆け付けた。
 
 
 
 
 
二人とも走るのが速く紅白リレーの選手である。
三年生のりらちゃんは低学年で午前中最後の選手リレーに出場。
低学年で3年生が一番大きいので女子のアンカー
白組の黄色バトン
1・2年生をリードしながらフィールドを一周・・・・
デジカメを構えたばったんはスイッチを入れ忘れ応援に熱中。
 
 
 
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お兄ちゃんのるい君は六年生。小学校最後の運動会
しかも赤組の赤バトンアンカーである。
しかし今年はパパの勤務する学校も同じ日に運動会になり
残念ながらパパ不在で・・・・・
 
パパ・ママの両方の祖父母が声を限りに応援したが
4年生・5年生のバトン受け渡しに手間取り
アンカーにバトンが渡ったときは白・黄色・赤と3位
でもるい君は力いっぱい走りテープぎりぎりで2位に滑り込んだ。
 
 
今年で小学校最後の運動会になる娘の長男るい君と息子の次男たくちゃん
二人の健やかで元気に成長する姿にそれぞれの親にご苦労さん
これからも孫たちのためにみんなが健康に気をつけてと
心から祈るような気持ちで
五月に行われた二つの運動会を楽しんだ!!

一日乗車券を使って2日目の行動に出た二人は
市立函館高等学校と名前を変えた母校の校門を後にして
柏木町の電停を目指し湯の川温泉街にある熱帯植物園へ
 
私は膝にk子さんは股関節に人工関節手術をしている二人・・・
マイカーで行動する私にとって柏木町の電停までの距離と
湯の川温泉街から熱帯植物園に至る距離は徒歩ではさすがに遠かった。
二人でこんなに距離があったかしら?と言いながらやっとたどり着く。
 
熱帯植物園では温泉に入るおサルを見たことがある二人は「まだいるかなぁ~」と
植物園に入る前にお猿さんを真似て温泉で足湯に浸りしばし休憩。
 
 
温泉に入る気分ではないと言っているようなお猿さん撮影を諦め、
熱帯植物園の花々に癒されたが・・・
修学旅行らしい中学生のグループ数人と出会うのみでこの震災で
「観光客が激減した」と言う朝市の店主の話に
湯の川温泉街にも観光客がいないことを実感・・・・
 
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植物園そばからバスが出ているのを知り、啄木小公園のある大森海岸沿いを通る
バスに乗り、青春時代には唯一の繁華街であった大門(松風町)へ・・・
北海道の町は何処でもそうなんだろうが良く通った衣料品店・本屋など
見覚えのあるお店は殆どシャッターがおりて・・・
 
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昔からあった捧に森やデパートのロゴを見たときは思わず懐かしく
買い物をし、お茶を飲んで 夕方の空気を肌に感じながら
二日目の夜を過ごすホテルへ・・・・
 
函館旅行・・3日目
 
2晩お世話になったホテル「ラビスタ函館ベイ」は朝食が
海鮮など食べ放題のバイキングスタイル。
函館の海の幸をおなか一杯食べて午後のJRの時間までを
もう一度近くのお店をぶらぶらと散策する
 
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ホテルの無料タクシーでJR函館駅へ
車窓からは中学・高校時代遠足などで出かけた大沼や駒ケ岳が見えてきて・・・
 
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 2泊3日の故郷訪問ぶらり旅を終え
 
ヤッパリ故郷は良い!
 
函館はイカ市た街だ!!
 
いつまでも元気で逞しい街であり続けて欲しい・・・・

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函館旅行2日目
 
晴天に恵まれて昔からある軌道敷電車を利用してホテル近くの
電停「魚市場通り」から湯の川温泉行きに乗車する。
懐かしい 地名「松風町」・「新川町」・「中央病院前」を通過
五稜郭公園前で下車。
 
 
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五稜郭公園前電停から行啓通りを二人で「こんな店があった・
こんな会社があった・・」と言いながら五稜郭タワーに入る。
当時は五稜郭タワーはまだ建設されず
其の場所は函館商業高校に隣接されていたと記憶しながら
確かに変わった故郷を実感して・・・
 
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タワーから眺めた函館の町並みは遠くに広がり眼窩に見える五稜郭は
美しく整備され、桜も終わり二の橋を渡って直ぐの藤棚も花房が見られず
ひっそりと時が止まったような静かさだ。
 
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幕末の見果てぬ夢の象徴と言われて・・・榎本武揚・土方歳三など旧幕府軍に
占拠され七年の歳月を費やして建立された五稜郭函館奉行所も数年で
こわされてしまったということだ。
確かに私達が住んでいた頃は奉行所はなく、小さな茶店があったと記憶している。
今は立派な建物が建てられ、観光の拠点となっていた。
 
でも半世紀前の五稜郭公園をちょっぴり懐かしく感じた二人は
あまりの手入れの行き届いた姿に違和感を感じて・・・・
 
 
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五稜郭の外堀沿いを通学路として私達は当時函館東高校に3年間通った。
その道を二人でたどってみた。
 
懐かしい柳町の地名が出てきたが意外と徒歩では遠い。
見回すと家並みは全て変わり知らない土地を歩いているような・・・
しかし三叉路や曲がり道は記憶のままに道路がついている。
 
母校は3~4年前函館市立の東高校と北高校が合併統合されて
市立函館高等学校と名前を変えた。
私達同窓生は青雲魂と言って母校を愛し東高校に
誇りを持っていたので寂しく思っていたが・・・
校舎は昔の場所にあり校門は見覚えがあるような・・・
 
 
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学校のグランドでは体育の授業であろう!高校生の若い声が聞え
其の声に後押しされた気分で湯の川に向かう電停に歩みを進める。   つづく
 
 

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故郷を離れてもう何十年になるのだろう?・・・母も逝って20年が過ぎ
親戚の叔父・伯母も次々と他界し、中学・高校のクラス会同期会など
其の都度目的を持って訪問していたのだが・・・・
 
今回は何の目的も持たず観光をかねて旧友のK子さんと二人
束縛を受けずのんびりと2泊3日・・・・昔歩いた道をたどってみた。
 
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函館を訪れるときはいつも車かあるいは飛行機で時間をかけずに
目的地に直行する。都会化されたJR函館駅が昔のイメージに遠く・・・
二人で驚きながら第一歩を踏み出す。
 
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インターネットで予約したホテルは湯の川温泉ではなく「ラビスタ函館ベイ」
西部地区・元町エリアにある。
私が住んでいたところは五稜郭・本町エリアなので土地勘が無く
地元の人に尋ねながら駅前より朝市を抜けて徒歩でホテルに到着。
 
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ホテルは金森赤レンガ倉庫群が立ち並ぶ観光エリアの真ん中に位置して
7階の部屋から函館山が正面にあり、港に停泊する船の景色が旅情を感じさせる。
 
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波止場近くのロケーションが抜群に良いお店を見つけて
海鮮丼の夕食をすませホテルに戻り、
ホテルお勧めの乗り合いタクシーで函館山へ夜景を見に・・・・
 
 
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夜景を堪能してガイドさんの好意でハリストス正教会・カトリック元町教会
旧イギリス領事館前を通りホテルへ・・・・ 明日へつづく

 男の料理=和食一汁三采
 
今月は和食・・・・焼き魚・和え物・揚げ物の調理をする
 
 
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◎焼き魚は真鰈をぬめりを取り下処理をし、塩をうち20分ほど
 冷蔵庫でねかせて身を引き締めてから焼く。
 
◎あえ物の独活は葉の部分と皮を取り除き捌き
 それぞれをあく抜きのため水に晒しておく。
 晒しておいた独活をサットゆでて・・・
 味噌・砂糖・酢を合わせて上にのせ好みであえる。
 
 
★真鰈の焼き魚と独活の酢味噌和えを作る★
 
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 会員諸氏が鰈を捌く様子をどうぞ・・・・
 飾り包丁は思い思い自分のイニシャアールで・・・・
 
 
 
 
★てんぷらを揚げる★
 
かぼちゃ・独活の皮と葉の先端・焼き肴につけた大根おろしの皮も活用して
ざっくりと野菜のてんぷらをあげる。
 
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 いつも画像を送ってくれるO氏がカメラのアクシデントで
私のデジカメを急遽届けて数分のお邪魔したが
みなさん和気藹々・・・楽しげにきびきびと動いている。
調理する男性諸氏は魅力的だ!!

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